神を畏(おそ)れ、その命令を守れ
21世紀に入って5年目です。私の尊敬する牧師から聞いた話ですが、20世紀から21世紀に移る時に、仏教、神道、キリスト教、そして新宗教と言われる様々な宗教の人々が集って座談会が開かれた。テーマは、「混乱した世の中にあっていかに生きるべきか」、「21世紀に希望はあるのか」ということで、様々な宗教家たちが熱弁をふるった。その中にあってキリスト教の門脇神父が発言した、「21世紀に入るから何か計画を立てる、ビジョンを掲げて皆で力を出し合って行こうという議論が主流のようだが、聖書の立場から言いますと、『何もしない。黙って神を待ち望む』ことこそが大事である」と言って後は涼しい顔をして皆の議論を聞いていたそうです。門脇神父はビジョンを掲げること、その実現のために働くことを否定した訳ではなく、色々な議論をする前に「何か大切なことを忘れていませんか、本当に大切なことは、人間を越えた神様に聞くことである、神様の導きを求めることである」ということを言ったのです。
本日は詩篇46篇です。ニュースは連日のように、国と国との戦争やテロ活動があること、大水、大地震が日本をはじめ世界各地に起っていること、私たちの身近では、親が子を殺し、子が親を殺すという心を暗くする事件が多発していることを告げています。騒がしい暗い世の中に生きる私たちに対して、神様は本日の御言葉を通して、2,3節「恐れない」、5節「ゆるがない」、7、8節「万軍の主は我らと共におられる」という御言葉をもって、私たちを励ましています。「恐れず、ゆるぎない信仰」をもって行く秘訣は10節「静まってわたしこそ神であることを知れ」という御言葉にあります。何かを議論し、決める前に門脇神父は「何もしないことだ、黙って上よりの神様の声を待ち望むことだ」と言いましたが、その根拠になる御言葉です。私たちひとり一人がまず神様の前に静まりましょう。聖書を通して語りかける神様の声に耳を傾けて行きましょう。祈りの答え、病気の癒し、進路に対する導きを求めている方がおられると思います。静まりましょう、神様を信じて祈りましょう。必ず神様の答が与えられます。
今朝も共に主の御言葉を聴き、祈って新しい一週間を、希望をもって出発して参りましょう。
内容区分
1、神はわれらの避け所である 46:1−3
2、神はわれらを助けて下さる 46:4−7
3、神の前に静まれ! 46:8−11
資料問題
内容は1−3節、神よりの平安、4−7節、神の臨在の中にある喜び、8−11節、神の驚くべき救いへの感謝と讃美である。4節「一つの川がある。その流れは神を喜ばせ」、エゼキエル47:1−12にある神殿から流れ出るすばらしい水のようにメシア的祝福の象徴と解されている。これは黙示録22:1―2では天のエルサレムを流れる川に適用されている。実際にはエルサレムには川はない。5節「朝早く」、エジプトにおける過越の夜の出来事(出12:29,42)、紅海での故事(出14:27)などがある。「都はゆるがない」、イザヤと共にヒゼキヤ王が経験した、アッスリヤ軍の包囲からの奇跡的な救助から来る信仰の確信であると考えられる(列下18:13−19:37)。7、11節「万軍の主」、戦いにおいて歴史を支配する主。7節「われらと共におられる」、インマヌエル(イザヤ7:14)の思想で、これは後に人の歴史の中に生まれたイエスの呼び名である(マタイ1:23)。