主によって開かれた心 使徒行伝16:11−18        主の2007.7.1礼拝



以前にもう余命いくばくもないという方を訪ねて病院に行きましたが、その方は眠っていました。ところが、目を覚ましたので、挨拶をすると平常どおりの受け答えでした。この機会を逃してはならないと思い、「イエス様のお話をさせて下さい」と言って、人間の罪、イエスキリストの十字架・復活について伝えたところ、しっかりとお話を聴いて下さいました。最後に、「罪を悔い改めて、イエス様を心にお迎えしませんか」と尋ねると「ハイ」という答えでした。そこでお祈りを導いたところ、一緒に祈ってくれました。短い時間でしたが、その方の意識は目覚め、イエス様を信じ、神の子になって天に召されて行きました。それは主がその方の心を開いて下さったからです。

本日は使徒行伝16:11−18です。使徒パウロとテモテ、シラス、ルカがアジアの地からヨーロッパ伝道に出発し、ギリシャの都市ピリピに行き、救われる者が起こされ、ピリピ教会が始まって行く過程が記されています。10節に「テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという婦人が聞いていた。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに耳を傾けさせた」と記されています。「主は彼女の心を開いて」とありますが、ルデヤ以外にもパウロの説く福音を聴いた人がいたのですが、主が彼女の心を開いたので、主イエスキリストを信じ、彼女と家族がバプテスマ(洗礼)を受けています。高校生時代、何人ものクラスメートが一緒に教会に行きましたが、主の憐れみによって、私の心が開かれ、イエスキリストを信じる信仰を与えられ、今日まで導かれていることを感謝します。聖書朗読の詩篇51:17で、ダビデは「神の受けられるいけにえは砕けた魂です。神よ、あなたは砕けた、悔いた心を軽しめられません」とうたっています。砕けた心とは、主の前に謙る心を表しています。謙ることによって心が開かれ、主の御言葉が心に深く入ってきます。ご一緒に御言葉を通して主の御心を知り、祈って、主に従う決断をして、新しい一週間の旅路を出発して参りましょう。



内容区分

1、まことの信仰とは、心を開いてイエスキリストを信じることである 16:11−15

2、まことの信仰はイエスキリストを告白し、偽りの信仰はイエスキリストを告白しない 16:16−18

資料問題

11節「サモトラケ」、トロアスとネアポリスの港の中間にある島。ネアポリスは現在のカバラの港。トロアスからネアポリスまで約200キロ。順風に乗って二日で到着。12節「ピリピ」、ネアポリス港から12キロ。アレキサンダー王のフィリポが開いので、この名前となる。紀元前42年からロマの植民都市であるので、ロマと同じ組織をもち、ラテン語を公用語としていた。市民はイタリヤ法の下にあって、法律、政治、行政もすべてイタリヤと同じであった。13節「祈り場があると思って川のほとりに行った」、パウロは、どこに行っても先ずユダヤ人の所に行った(13:3)。しかしピリピではユダヤ人が少なく、会堂(シナゴグ)がなく、川のほとりで集まりをしていた。14節「テアテラ市の商人で、神を敬うルデヤという婦人」、テアテラは黙示録2:18に出てくる七都市の一つ。染物工業の盛んな土地で、特に紫布は王侯、貴族、ロマ軍人、ロマ市民に重宝された高級品である。紫布を扱う商人であるルデヤは相当の資本を持っていて、テアテラからピリポに進出してくる行動的な女性であったようである。「主は彼女の心を開いて」、人の心は福音の真理に対して閉ざされており、主より心を開いてもらわなければ真理を悟ることができない。16節「占い」、原文ではピトン(にしき蛇)、サタンに憑かれた者の意。17節「この人たちは、いと高き神の僕」、福音書にサタンがキリストに対して証言する記事がしばしばある(マルコ1:24,34,5:6−10など)。



1、まことの信仰とは、心を開いてイエス・キリストを信じることである 16:11−15

テアテラ市の紫布の商人で、神を敬うルデヤという婦人が聞いていた。主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに耳を傾けさせた。〈14節〉

パウロは、自分がアジア人であったので、小アジアで伝道したいという願いを持っていましたが、どうしても道が開かれないでいました。ある夜、パウロは、ひとりのマケドニヤ人(ギリシャ人)が助けを求めている幻を見て、これは「マケドニヤ(ギリシャ)に渡って伝道せよ」という主の招きであると確信し、共にいたテモテ、シラス、ルカにも同じ思いが与えられます(16:9−10参照)。そこで。彼らは勇躍海を越えてマケドニヤ(ギリシャ)に行き、ピリピの町に到着します。ここで一人の婦人とその家族が救われ洗礼を受け、ピリピ教会が始まって行きます。

*この個所から教えられることを三つあげます。

第一に、パウロたちは、川のほとりで祈る人たちの所へ出向いています。

パウロは、新しい町に行くと、安息日にその地にあるユダヤ教の会堂に出席し、最初にユダヤ人にキリストの福音を伝えています。ところがピリピにはユダヤ人の会堂がありませんでした。当時ユダヤ人男性が十名いればユダヤ教の公式集会を構成することが出来たのですが、ピリピがロマの植民都市であるということもあって、集会を構成するユダヤ人が不足していたことを示しています(女性は十名の定員に入ることはできなかった)。そのために会堂がなく、人々は川のほとりに集まり、祈っていました。ユダヤ教の失敗は、礼拝の定員を定めたことです。イエスキリストは、例えば洗礼を受けた者が10名または20名以上いなければ教会ではないとは言われなかったのです。イエスキリストは、「ふたりまたは三人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20)と教えて下さっています。これが真の教会の姿です。この教会は1965年12月、クラー宣教師家族5名、私ともうひとり手伝いの方と計7名で最初の礼拝を捧げました。宣教師一家が転任し、その後しばらく私たち夫婦と何名かの方と10名に満たない人数で、八畳ぐらいの場所で礼拝を捧げていました。その中で、キリストが言われた、「ふたりでもまたは三人がキリストの名によって集まる所が教会である」と信じ、「霊とまことをもって」(ヨハネ4:24)礼拝を捧げ続けてきました。パウロは、川のほとりの小さい集まりに出かけて行き、一生懸命キリストの福音を語っています。今朝、この会堂の中で礼拝を捧げる恵みに与り、この礼拝の中心にイエスキリストが共にいて下さることを感謝します。

第二に、素直に心を開かれる者は救いを受けます。

祈るために、川のほとりに集まってきた婦人たちの中にルデヤがいました。彼女は、王侯、貴族、ロマの軍人、ロマ市民が好む紫布の商人です。アジアのテアテラがその産地ですが、彼女は海を越えてギリシャのピリピまで出かけて来ている行動的な婦人でした。「主は彼女の心を開いて、パウロの語ることに耳を傾けさせた」(14節)とあるように、彼女はキリストを信じ受け入れ、家族と共に洗礼を受け、ピリピ教会の最初の教会員になったのです(15節)。ルデヤがキリストを信じたのは、@「神を敬う」人であったからです。人間の世界だけを問題にし、経済活動だけを重視するのではなく、彼女は神がどのようなお方であるかはよく分からなかったとしても、人間を越える世界を考え、神を敬う心を持っていました。A「主は彼女の心を開いて」(14節)とあるように、ルデヤは柔らかい心の持ち主でした。経済活動に積極的でしたが、しかし利益本位に、自己中心的に物事を考えず、正しい人生を歩みたいという素直な心を持っていたのです。それで、パウロがキリストのことを話した時に、自分の罪を認め、罪の赦しと生まれ変わり、永遠の命を与えて下さるイエスキリストを信じることができたのです。

第三に、ピリピの教会は伝道者を支援し、与える教会として成長しています。

主を信じた時に、ルデヤはパウロたち伝道者を自宅に招き(15節)、彼女の家はピリピ伝道を展開する家の教会になっています。さらにルデヤたちはパウロの伝道を助けるために献金を始めています。後にパウロは、「ピリピの人たちよ。あなた方も知っているとおり、わたしが福音を宣伝し始めたころ、マケドニアから出かけて行った時、物のやりとりをしてわたしの働きに参加した教会は、あなた方のほかには全く無かった。またテサロニケでも、一再ならず、物を送ってわたしの欠乏を補ってくれた」(ピリピ4:15−16)と感謝の気持を述べています。ルデヤはキリストの救いによって救われたことを感謝し、キリストの福音が広められることを願い、祈ること、献金して行くことを率先して実践し、ピリピ教会全体が与える教会として成長して行ったのです。当時は婦人の地位が低い時代でした。しかし聖書の中にはルデヤをはじめ多くの婦人たちが主にある良い働きをしていることが記されています。例えばロマ16:2でパウロは「わたしの姉妹フィベ、彼女は多くの人の援助者であり、わたし自身の援助者である」と紹介しています。ロマ16:3―4には「プリスカとアクラ夫妻、彼らはわたしの命を救うために、自分の首をさえ差し出してくれた」と言っています。ロマ16:13で「ルポスはわたしの母である」述べています。ピリピ4:3では「ユオデヤとスントケ、彼女らは福音のためにわたしと共に戦ってくれた」と感謝しています。主にあっては、男であるか女であるかは問題ではありません。15節のルデヤの言葉が大切です。「もし、わたしを主を信じる者とお思いでしたら、どうぞ、わたしの家にきて泊まって下さい」・・・主を信じる者とは、主に忠実な者のことです。ひとり一人が主を信じ、主に忠実な者として成長して行くように祈って下さい。

私事になりますが、私たち夫婦の両方の両親は既に召されていますが、年に一回秋に家族が集まって、教会で合同記念会をしています。いろいろなことを思い出しますが、家内の母の忠実な信仰を思い出します。教会の方々の名簿を作って、その名簿を毎日めくりながら祈るので、名簿がすり切れるほどでした。晩年は部屋で静かにしている時が多かったのですが、母の所にくる人の状態を、相手が何も言わないのに的確に知っていて、相手の祝福になる祈りを必ず祈ってくれました。それは主を信じて、そして主に忠実であったことによって主から与えられた祈りであり、多くの方々が母の祈りを通して祝福を受けたのです。



2、まことの信仰はイエスキリストを告白し、偽りの信仰はイエスキリストを告白しない 16:16−18

パウロは困りはて、その霊に向かい「イエスキリストの名によって命じる。その女から出て行け」と言った。すると、その瞬間に霊が女から出て行った。(18節)

ルデヤとその家族が救われ、ピリピ教会が始まりました。やがて男性も救われて、教会は発展して行きます(40節を見よ)。

この個所、16−18節には、占いの霊に憑かれた女性のことが出ています。この女性は「女奴隷」であり、「占いをして彼女の主人たちに多くの利益を得させていた者」です(16節)。占いとは、デルフォイ(古代ギリシャの町でアポロンの神殿があった)の神託を告げる占いを意味していて、そこから腹話術を意味するようにもなりました(榊原・使徒下p156)。



占いについて聖書の御言葉を引いておきます。占いは罪です。主が忌み嫌われるものです。

「あなたがたのうちに、自分の息子、娘を火に焼いてささげる者があってはならない。また占いをする者、卜者、易者、魔法使い、呪文を唱える者、口寄せ、かんなぎ、死人に問うことをする者があってはならない。主はすべてこれらのことをする者を憎まれからである」。(申命記18:10−12)

お札、お守り、今日の運勢、人相、手相、コックリさん、星占い、方角、暦による日の吉凶、御神籤、幸福の手紙などに気をつけて下さい。占いには関係しないことが最善です。



占いの霊に取り憑かれた女奴隷が毎日パウロたちの回りで、「この人たちは、いと高き神の僕たちで、あなた方に救いの道を伝える方だ」と叫び続けているのです。これに対して、パウロは困りはてた、と記されています。困った理由は二つあります。

第一に、「いと高き神」という言い方です。これはロマの神々、ギリシャの神々にも通用するような言い方だからです。日本でも神という言葉を使い、聖書の神と混同されています。「救い」という言葉を使っていますが、これもロマやギリシャの宗教でも使われている言葉であったので、ただ救いと言うだけでは正しい意味が伝わらなかったのです。私たちはキリストの救いと言います。

第二に、この女奴隷が、例え唯一のまことの神を指して、「いと高き神」と言ったとしても、彼女はまことの神を信じないし、その救いを受けようともしません。実は、これが悪霊の働きの特徴です。ヤコブは「悪霊どもも唯一の神の存在を信じて身震いしている」と言っています(ヤコブ2:19)。悪霊どもを束ねるのが悪魔です。悪魔は愛と恵みを与えて下さる真の神様を冷たく眺めているだけです。神様を信じて、愛と喜びとを得たいとは願っていません。しかし、私たちはまことの神様を信じ、まことの神様に従って生きている者です。私たちも、以前は神様のことを何か遠い存在のように思っていました。「神は愛なり」と言われてもよく分かりませんでした。そこで、見えない神を表すためにイエスキリストはこの世界にやって来られたのです。キリストは病人を癒し、悲しむ者に生きる希望を与えて、神の愛を表しました。キリストは嵐を静め、悪霊に憑かれ暴れている人から悪霊を追い出し、正気に返らせ、何でもお出来になる神としての力を表されました。キリストは罪に苦しみ、死んで地獄に行く私たちを救うために十字架に私たちの罪の身代りとなって命をささげ、罪の赦しの道を開いて下さいました。キリストは、一度は死にましたが、死を打ち滅ぼして甦ることによって永遠の命が確かなものであることを示し、信じる者に永遠の命を与えて下さる、生きている主であることを表して下さいました。

ですから、この個所で、「神」と「主」という言葉が使い分けられています。ルデヤは神を敬う女性でした。心を開かれ、クリスチャンとなった時に、神という言葉を使わないで、「もし、わたしを『主を信じる者』とお思いでしたら」と言っています。「主」という言葉の中に、「私はイエスキリストを信じて、罪から救われている。いと高き神という遠い漠然とした存在ではなく、神はイエスキリストによって表された救主であり、主である。主イエスキリストは私の心の中に住んでいて下さるお方である。主は私を愛して下さっている」という信仰が言い表されています。そう信じる者がクリスチャンです。私たちは、主イエスキリストに出会い、キリストの十字架によって罪の赦しを与えられ、キリストの復活の命を受け、永遠の命を与えられている者であることを感謝します。

キリストを信じ、告白して私たちの人生は変わります。1911年(明治44年)12月、岩手県花巻市に来ていた内村鑑三に「ルツコ ヤマイオモシ スグキタクヲノゾム」という愛娘ルツ子の病状悪化を伝える電報が届きました。直ちに汽車に乗り、帰途に着きました。ところが一時間余りのち、内村鑑三は水沢駅で下車し、駅前の池田屋旅館を訪れ、聖書を語り始めていました。聴いているのは旅館の女主人・池田政代です。彼女は、遊女屋を経営していましたが、妹に夫を奪われ、悲嘆のあまり泣き続け、36歳の時に盲目となってしまいました。その苦しみから救われたいと願い、信仰を求めるようになり、内村鑑三の弟子を訪ねて、福音を聴き、点字を習い、聖書を読み始めるようになりました。彼女は自分の職業の卑しさに堪らなくなり、転職しようと思っても、女の身一つであり、盲目であり、転職できないでいました。そんな政代に対して、内村鑑三は、職業の遊女屋について、何の咎めも忠告もせず、彼女に真の信仰が与えられることを祈りながら待っていました。求め始めて5年後、彼女は自ら決意して遊女屋を廃業したのです。内村鑑三は、政代の転職に感動し、娘の危篤にも関わらず、新しく始めたばかりの旅館を訪れずにはおれなかったのです。主は長野政代の心を開き、彼女はキリストの救いを受け、主を信じる者となり、古い罪の生活を捨てて、キリストに従う人生を歩み出したのです。キリストを心に迎えた時に新しい人生が始まったのです。

今朝、祈りの課題を抱えている方、病気の癒しを願う方、仕事のこと、経済のこと、将来のこと、家族のことなど様々の願いがあると思います。主によって心を開いていただき、イエスキリストの御名によってお祈りいたしましょう。長野政代の人生を変えた主は生きておられます。私たちが求め願う以上の善き答が主よりあることを信じます。主イエスキリストを信じて祈り、主のお答えを受けて行きましょう。



まとめ

1、14節、信仰とは、心を開いてキリストを信じることです。謙って、忠実に主に従って行きましょう。

2、18節、信仰とは、イエスキリストを告白することです。まことの信仰から逸らせようとする占いを退けて下さい。キリストを信じれば人生は善い方向に変わります。主に祈りましょう。



祈 り 天地の主である神様、主によって心を開かれ、キリストの救いを受けていることを感謝します。主を信じ、忠実な者として主に従うために、聖霊によって祈り、日々喜びながら、感謝しながら歩むように導いて下さい。病気の方が癒されることを信じます。困難の中にある方に勝利を与えて下さい。これから行われる婚約式を祝福して下さい。主イエスキリストのお名前によって祈ります、アーメン。



参考文献使徒注解―モルガン、佐藤、榊原、黒崎、バークレー、フランシスコ会、LABN、文語略解、口語略解